~変革の時~
情報と経済の関係について考える
本日18時より、W塾勉強会に参加した。
W塾はS社代表者のもとに募った若手経営者の勉強会で、数年前より2月に1回ペースで実施されており、筆者も世話人として参画している。
今回の発表は、A社の代表取締役K氏が行った。同氏は上場会社B社の創業者で、会社設立からわずか6年で株式公開を果たし、同社代表を退任後、新たにA社を設立し、現在ベンチャー企業の支援等を行っている。
K氏は、情報と経済の関係について、人々と情報の関係を正しく知ることが重要であると説明された。歴史的にみて情報伝達の主役は、印刷→ラジオ→電波媒体、そしてITへと移行してきた。ITの急速な普及により、誰もが自分の欲しい情報にいつでもアクセスし、発信できるようになった。反面、人々は答えを外部に求めるようになり、自分の中から答えを捜さないようになった。わずか十数年の間に、プロセスの簡略化つまり簡略の習慣化(解読力の低下)が人々の思考に蔓延し、著しい経済格差を生む一因となっている。
また、行動経済学によれば、
(1) お金の価値は一定でない。
(2) 選択肢が増えれば増えるほど、迷いは深くなり買えなくなる。
(3) 選択するときは行程面より否定面に目が行きやすくなる。
(4) 上中下、松竹梅など三つの選択肢では中心化する。
(5) 返品OKだと、保有効果の働きにより、いざ手放すときには付加価値が付いて、返品されにくい。
(6) コンコルドの誤謬の例のように、投資回収できないのにやり続ける。 など、
人は決して合理的に行動するとは限らない。
これらを逆手にとった拝金主義の蔓延に対し、ルールの厳格化だけでは経済を正しく機能させることはできない。自由な資本主義が成功するためには、正しい道徳心が不可欠であろう。
今回感じたことは、経済的な成功者は、他人から非難されない生き方や尊敬されて成功したかったなど、広義での社会貢献を志向するようになるということだ。確かなのは、人はいつか必ず死を迎える。たとえ拝金主義により経済的に成功したとしても、それが人生の真の成功ではないことを肝に銘じたい。